政治リスク

21年2月1日未明、 ミャンマー国軍はクーデターを実行した。 国民民主連盟 (NLD) 党首のアウン・サン・スー・チ一氏らを拘束し、国家の全権を掌握したと宣言した。各地で開催される抗議デモに対し治安部隊が発砲。 数百人の犠牲者が出るなど、国内は今もなお混乱に陥っている。
「政治情勢が不安定なことは分かっていたが、 まさか軍がここまで強硬な手段に出るとは想像もできなかった」。ミャンマーで都市開発に携わる徳岡設計 (大阪市) の徳岡浩二社長は驚きを隠せない。 12年に現地法人を設立して以来、ヤンゴンやマンダレーでの建設事業に関わり、 ミャンマーの成長を目の当たりにしてきた。 「生活がこれだけ良くなったのに、 それを壊すようなことをするなんて」
11年のテイン・セイン政権の発足以降ミャンマーに対する経済制裁が緩和され、各国の企業は 「アジア最後のフロンティア」に競うように進出した。もちろん日本企業も例外ではない。 15年、ティラワ経済特区 (SEZ) に工業団地が竣工すると、 フォスター電機やエースコックといった製造業が相次いで進出。ミャンマー日本商工会議所の会員数は10年間で約8倍に増加し、430社を超えた。
キリンホールディングス (HD) もミャンマーの市場成長性に期待して進出を決めた一社だ。 15年8月、国内トップシェアブランドの 「ミャンマー・
ビール」 を製造するミャンマー・ブルワリー (MBL) を買収。国軍系企業のミャンマー・エコノミック・ホールディングス (MEHL) と合弁を組んだ。
この買収が、思わぬ形で非難の的となる。ミャンマー軍によるイスラム系の少数民族ロヒンギャへのジェノサイド (大量虐殺) が国際社会で問題となり、国軍系企業と関係を持つキリンHDの社会的責任が問われるようになったのだ。問題解決に向け模索する中、国軍によるクーデターが起こり、キリン HD は合弁事業の提携解消に踏み切る意思を固めた。
15年に進出した時点で、キリンHDにも提携相手が国軍系企業だという認識はもちろんあったはずだ。 だが、ここまで大きな事業リスクになるとは思わなかっただろう。 国軍によるジェノサイドが問題視される以前は、ミャンマー進出における成功したM&A案件の一つと見なされてきた。 そもそも民主化後も国軍系企業の存在感は大きく「ビジネスにおいて、国軍と全く関わらないでいるということは非常に難しい」という声もある。
市場環境に加え、国際情勢も目まぐるしく変化している。 事業継続を揺るがすようなリスクが一夜にして立ち上ることもあり得る。

横河電機はサウジに工場開設

市場進出と域内生産をバーターにする国は少なくない。サウジアラビア東部のペルシャ湾に近い広大な砂漠上に工業団地 「キングサルマンエナジーパーク」 がある。 世界最大の総合石油化学企業サウジアラムコが中心になって拡大を進めているこの工業団地に3月、国内制御システム大手の横河電機がプラント向け圧力
計測・分析機器の工場を完成させた。サウジアラビアは30年に向けて工業立国としての成長を目標に掲げ、エネルギー関係のサプライチェーンを集積している。横河電機の奈良寿社長は「サウジアラビアでは生産設備を造れば何点、雇用拡大で何点などと決まっていて、どれだけ加点したかが入札権限にも影響する。 プラントに必要な機器や部品産業を集めようとする要求はとても強く、避けては通れない」と語る。